ひとつひとつが『ひとつ』になる。

かれこれ4回目になるんですが、ランクヘッド最高すぎた。なのでその日のうちにまとめるよ。まとめたいんだ、知って欲しいんだ、聴いて欲しいんだ、あったかくなって欲しいんだ。

本日はLUNKHEADのそりゃないわっツアーファイナル@恵比寿リキッドルームでした。
私、LUNKHEADは完全にリキッドと新木場コーストのイメージしかない。しかも、ランクのリキッドはとかく「熱い」(ちなみにランクの新木場は「楽しくてしょうがない」)。会場全体の熱気が増して、飛躍的に熱くなる、なってしまう。そんなイメージ。まぁ、今回もあながち間違いではなく、タオルを忘れた私は全身汗でびっちゃびちゃになってたんですがね;

LUNKHEADが大好きな人って、ずば抜けて「枯渇」していると思うんですね。私も含めみんな絶対に、いたって平凡な日常生活を過ごしているはずなのに、LUNKHEADを好き好んで聴く人って、絶対そう、飢えている。それはもう、音楽という垣根を越えて、毎日の生活に「物足りなさ」を抱いていて、足りないものを埋めるために彼らの音楽を聴きに、体感しに行くんだと思うんです。

勿論、ライブに行くという行為そのものが、物足りないものを埋めにいく行為、つまり「枯渇」しているものを埋めに行くものなのはわかってるんですが。LUNKHEADの場合はその度合が本当にひどいなって。互いに互いをひどく求め合っていて、呼応して、ひとつになる「満足感」を知ってしまったから、また求める、枯渇して、渇望する。とめどなく、続いているなぁって思っちゃった今夜。案の定、終演後は全身から噴き出す汗と、笑顔だけ残っていた。

終わった後の笑顔という「満足感」。これがライブにおけるLUNKHEADの存在価値なのではないか、とまで思う、正直。今日のライブで小高さんも「人は本能的にひとりでは生きられないようになっている」と言っていたけど、一貫して生きる姿勢について説いていて、LUNKHEADが私を「ほんとうの」顔にしてくれるから、だから求めてやまないのかなと思ったよ。色んな曲があるけれど、色んな「ほんとうの」顔を暴く。「前進/僕/戦場へ」で奮い立つ気持ちも「ぐるぐる」の掻きむしられる想いも「カナリアボックス」の優しい愛情も「スモールワールド」の奇跡的な出逢いも、どれもこれもたいせつなんです。ひとつひとつが、『ひとつ』になるから、枯渇していたものが満たされるんです。新しい曲や、新しいイベントが増えていくから、『ひとつ』がどんどん大きくなる。それがね、もうたまんないんです。

今日も、LUNKHEADの音楽を浴びることができた私はほんとうに幸せでした。これでまた、がんばれる。